砂の城砦

BEFORE the STAGE 1

 暗くて小さな劇場。客席には誰もいない。
 舞台の幕が少しずつ上がっていく。
 舞台奥に白いスクリーン。お姫様と王子様と魔女の影絵が映し出される。

母親の声: ある所に、美しくて優しくて賢いお姫様がいました。
        お姫様を妬んだ悪い魔女が、お姫様を閉じ込めてしまいました。
        王子様は勇敢に戦って、悪い魔女を倒しました。
        王子様はお姫様を救い出し、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
        めでたし、めでたし。

子供の声: 魔女はお姫様を妬んだの?
母親の声: そうよ。皆がお姫様のことを好きだから。皆が魔女のことを嫌いだから。
子供の声: 王子様は魔女が嫌いなの?
母親の声: 騎士はお姫様が好きなの。お姫様以外の人はどうでもいいの。
子供の声: 騎士って誰?

 スクリーンに騎士と別のお姫様と魔女の影絵が映し出される。

母親の声: ああ、これは他の物語だったわ。別のお話の中で、お姫様を助ける人よ。
子供の声: お姫様を助けるのは王子様じゃないの?
母親の声: 別のお話では、騎士が別のお姫様を助けるのよ
子供の声: 同じお話じゃだめなの?
母親の声: 一人だけしか要らないの。
        一つの世界にお姫様は一人だけ。お姫様を助けるのも一人だけ。

子供の声: 魔女も一人だけなの?
母親の声: ……いいえ、魔女は……

 スクリーンの魔女の影絵が複数になり、お姫様と王子様と騎士と別のお姫様を取り囲む。

母親の声: 魔女はたくさんいるわ。
子供の声: 魔女ってどんな人?
母親の声: 魔女は……魔女は誰だったのかしら?

 魔女達のフードが取られて、女子生徒達の影絵が映し出される。
 スクリーン暗転。

母親の声: 誰が魔女じゃなかったのかしら?

 スクリーンに照明。
 パソコンの画面に『PRE-STAGE』と打ち込まれる。
 スクリーン切り替え。青空の下の白い校舎の画像が映し出される。



PRE-STAGE

 雲一つない青空。
 三階建ての白い校舎を覆う桜の大木が、風も吹かないのに花びらを散らしている。
 花びらの落ちた先、二階の白いテラスには、純白の百合の花束が置かれていた。
 光射す屋上には金網にもたれている人がいた。
 彼女は道化師の仮面をつけていた。醜い仮面を。
 仮面は見下げている。お姫様の墓場を。

 彼女は突然、空に向かって叫んだ。大きな声で、でも淡々と。
「お姫様なんて、どこにもいない」
 彼女は真っ赤な花束を持参していた。血色の彼岸花。
 安っぽい造花をむしって、白百合の花束を目がけて散らしていく。
 造花は白百合にかぶることなく、もっと下のコンクリートへと落ちて行った。
「これで良かったんだ」
 彼女はぎこちなく顔を上げて、残酷なまでに青い空を仰いだ。



PROLOGUE

 舞台中央に照明。
 舞台に四人の生徒が立っている。

少女Aの声: 御伽噺の主人公。
少女Bの声: すべての人から愛されて。
少女Cの声: ハッピーエンドが待っている。

 暗転。

たくさんの少女達の声: あの魔女さえいなければ!

 上手上から照明。
 桜の木の下に墓。

少女Aの声: 美しいお姫様。
少女Bの声: 優しいお姫様。
少女Cの声: 聡明なお姫様。
少女A・B・Cの声: なぜこの世界から消えてしまったの?

 暗転。

たくさんの少女達の声: あの魔女さえいなければ!

 下手上から照明。
 一人の男子生徒がうずくまっている。

少女Aの声: 羨望の王子様。
少女Bの声: 憧れの王子様。
少女Cの声: 栄光の王子様。
少女A・B・Cの声: なぜ苦しみを得てしまったの?

 暗転。

たくさんの少女達の声: あの魔女さえいなければ!

 上手下から照明。
 一人の男子生徒が背を向けて立っている。

少女Aの声: いつもクールな騎士様。
少女Bの声: 誰にも左右されない騎士様。
少女Cの声: 大切な方がいらっしゃった騎士様。
少女A・B・Cの声: なぜ不幸せになってしまったの?

 暗転。

たくさんの少女達の声: あの魔女さえいなければ!

 下手上から照明。
 一人の女子生徒が立っている。

少女Aの声: とてもお強い、もう一人のお姫様。
少女Bの声: ご自分に正直な、もう一人のお姫様。
少女Cの声: 我が道を進まれる、もう一人のお姫様
少女A・B・Cの声: なぜ地位を捨ててしまったの?

 暗転。

たくさんの少女達の声: あの魔女さえいなければ!

 中央にスポットライト。
 一人の女子生徒(道化師の仮面を着けている)が浮かび上がる。
 下手の女子生徒が下手に走り去る。
 下手照明暗転。
 中央の女子生徒が正面を向く。

たくさんの少女達の声: こんな結末を、一体誰が望んだのでしょうか?

 女子生徒は歩いて舞台を降り、そのまま直進する。
 照明が追う。

たくさんの少女達の声: こんな結末を、一体誰が望んだのでしょうか?
                こんな結末を、一体誰が望んだのでしょうか?
                こんな結末を、一体誰が望んだのでしょうか?


 女子生徒が仮面を外して、客席の椅子に投げ捨てる。ゆっくりと歩み去る。
 照明が影を照らし続ける。ゆっくり暗転。
 客席に照明。
 少年が座っている。ノートパソコンのキーボードを叩きながら、語り始める。



STAGE 1

 舞台には2人の女子生徒と2人の男子生徒がいた。他にもたくさんの生徒達がいた。
 2人の女子生徒の内、1人はお姫様と称されていた。
 別の1人は、もう一人のお姫様と呼ばれていた。
 男子生徒の1人は王子様と呼ばれていた。
 もう1人の男子生徒の呼び名は、騎士様だった。


 いつの間にか、道化師が存在していた。
 道化師とお姫様はいつも比較され、道化師はけなされていた。
 理由は単純だった。遠目に見た道化師は、顔や背格好が驚くほどお姫様に似ていた。
 ドッペルゲンガーなお姫様と道化師。でも、二人はあまりに対照的だった。
 二人を見比べた人は、絶対にこう答えるだろう。お姫様の方が、比べものならないほどの美人だ、と。
 校内を歩けば、誰もがお姫様を振り返る。でも、道化師には気づかない。
 お姫様を賞賛する少女達は、お姫様と同じ顔をした道化師がその視界にいることを無視する。どんなに道化師が微笑んでも、少女達は無表情のお姫様に注目するに違いない。
 お姫様は優雅さと美貌に加えて、才媛の名を欲しいままにしていた。誰もが羨望の眼差しをお姫様に向けた。
 道化師には恐ろしさや冷たさ、不機嫌さが相応しい。お姫様にはない負の感情をダイレクトに伝えていて、好感には程遠い印象だった。
「違うよ」
 道化師は静かに否定した。
「負の感情は誰にでもある。押し込めているから見えないだけ」
 お姫様の美点を否定しては、反感を買っていた。
 瓜二つの2人。それだけに違いが目立つ
 誰からも愛され、誰からも賞賛され、誰からも一目置かれていたお姫様。
 それに対して、そうありたいと願ったところで叶わない道化師。

 もう一人のお姫様はそれなりに賢かったし、美人だった。
 少女達の中には、もう一人のお姫様を慕う者もいた。
 でも、お姫様には敵わなかった。性格、人望、すべてにおいて、お姫様が勝っていた。
 もう一人のお姫様を慕う少女は、必ずお姫様を慕っていた。でも、その逆は成立していなかった。
 もう一人のお姫様がお姫様と仲違いをしていたわけではない。
 でも、もう一人のお姫様はお姫様に対して、一方的で圧倒的なコンプレックスを持ち続けて、押し潰されそうになっていた。

 王子様はその名にふさわしいプレイボーイだった。
 彼の傍にいるというだけで、他の男子生徒にもラブレターのおこぼれが来る始末だった。「王子様の近くにいるあなたは、とてもステキです」って。
 少女達は教室で、廊下で、体育館で、中庭で、校庭で、至る所で王子様を待ち伏せしていた。
 噂通りの美男子ぶりに、遠くから眺めてはため息をついていた。
 王子様は気まぐれに恋人を変えた。泣かされた少女の数は知れない。
 でも、捨てられた少女達が恨むのは王子様ではなかった。なぜか、王子様の周囲の人間だった。
 一般的で良心的な男子生徒諸君は、ラブレターならば苦笑いして放っておいた。けれども、不幸の手紙が来た時には辟易した。
 騎士様はいつも近寄り難い雰囲気を醸し出していて、少女達は彼に近寄れずにいる。
 その騎士様の机には、被害者男子生徒から不幸の手紙がこっそり回されていた。
 案の定、頭にきた騎士様によって、王子様は足をひっかけられて転んだ。

 そんな時でも、お姫様は微笑ましげに目を細めるだけだった。彼女は美しかった。
 あの笑顔が継続すること自体が不気味だった。
 道化師はお姫様をこう名付けていた。
「仮面だ」
 微笑みの仮面を貼り付け続けた人形を、道化師はお姫様に見ていた。
 それでも、お姫様はお姫様だった。
 たくさんの少女達の恋心をくすぐり続け、もてあそび続けた王子様だったが、その本心は常にお姫様に向いていた。
「彼は彼女を愛していたわけじゃない」
 道化師はまた否定した。
「自分にふさわしい立場の人間を求めただけ」
 もう一人のお姫様は王子様を好きだった。
 でも、王子様はお姫様ばかりを見ていて、もう一人のお姫様を一度も振り向かなかった。



BEFORE the STAGE 2

 客席にたくさんの童話本が座っている(置かれている)。

母親の声: お姫様のお話はたくさんあるわね。
子供の声: うん。えっとね、白雪姫、人魚姫、オーロラ姫。
母親の声: そうね。それから、シンデレラも
子供の声: シンデレラは違うよ。王様の子供じゃないもん。
母親の声: あら、本当だわ。でも、お姫様よ。王子様と結婚したんだもの。
子供の声: えっ?

 スクリーンに照明。女子生徒の影絵に花嫁のヴェールとティアラがかけられる。
 暗転。

母親の声: そうよ。王子様を手に入れれば、お姫様になれるのよ



INTERMISSION 1

 中央照明。
 お姫様が立ったまま、両手で顔を覆って泣いている。

たくさんの少女達の声: (呼びかけ)お姫様、お姫様。

 お姫様が手を顔から退ける。涙を拭いて、無理に微笑む。

たくさんの少女達の声: お姫様は泣いてはいけないの。だって、お姫様だもの。
                お姫様は微笑まなければいけないの。だって、お姫様だもの。


 お姫様が無表情になる。

たくさんの少女達の声: お姫様は愛されなければいけないの。だって、お姫様だもの。
                お姫様は愛さなければいけないの。だって、お姫様だもの。


 お姫様が舞台前へと走り出す。

たくさんの少女達の声: お姫様は逃げてはいけないの。
                逃げたら、お姫様ではなくなってしまうの。


 お姫様が舞台から跳んで、客席前に落ちて倒れる。
 同時に、客席前にスポットライト。

たくさんの少女達の声: (悲鳴)キャー!

 暗転。
 哄笑が静かに沸き起こり、少しずつ大きくなる。
 
たくさんの少女達の声: (少しずつ大きくなる哄笑)あは……あはははは。
                やっといなくなった。やっとお姫様がいなくなった。
                次のお姫様は私。私こそがお姫様。あはははははは。




STAGE 2

 お姫様が学校から消えた。屋上からテラスに向かって飛び降りたらしい。
 少女達は、どうしてこんなことを、とむせび泣いた。
 それからしばらくの間、皆がお姫様を想って泣いた。皆でお姫様の思い出を語り合った。
 時折、道化師が屋上に立ち尽くしていた。
 真っ赤な彼岸花を片手に、虚ろな目で青い空を仰いでいた。
 その不気味な姿は、御伽噺の悪い魔女のようだった。

 王子様はお姫様がいなくなった事実に耐えられなかった。
 自分にふさわしいパートナーを失って困惑していた。
 たくさんの少女達がお姫様の代理を申し出ていた。
 誰よりも早く気に入られようと、王子様に接近しようとした。
 お姫様を忘れて自分を選んで欲しいと訴えた。自分をお姫様にして欲しい、と。
 でも、王子様が受け入れたのは少女達ではなかった。
 選ばれたのは、お姫様の面影を持つ道化師だった。
 道化師は王子様の悲しみを受け入れた。
 少女達は道化師に対して陰口を叩いた。身の程知らずも甚だしい、と。
 少女達に増して、王子様と道化師の関係を許さなかったのは、もう一人のお姫様だった。
 お姫様に似ているという理由だけで、王子様が道化師を選んだことが、もう一人のお姫様にとってはとてもショックだった。
 お姫様がいなくなった世界でも、もう一人のお姫様はお姫様に勝てなかった。彼女は本当のお姫様にはなれなかった。
 それでも、もう一人のお姫様は道化師と王子様を引き離すために、道化師を舞台から追放しようと画策した。
 道化師への嫌がらせが続く中、王子様は道化師を助けなかった。
 道化師は何も言わずに、王子様から離れていった。
「知ってた? ピエロもお姫様になれない」
 道化師は王子様が贈った髪飾りを捻じ曲げて、ごみ箱に放り込んだ。
 桜の花。仮面には似合わない装飾品。



INTERMISSION 2

 下手手前に照明。
 王子様が背を向けて立っている。
 中央に照明。
 道化師が正面を向いて立っている。
 たくさんの少女達の影が王子様の周りに集まる。

たくさんの少女達の声: (甘い声で)王子様、王子様。

 王子様が周囲を見回す。
 上手奥に照明。
 騎士様が王子様を見ている。(王子様は気づかない)
 王子様が力なく下手へと去って行く。

たくさんの少女達の声: 王子様、王子様。
                お姫様はもういないの。だから私を見て、私だけを見て。


 たくさんの少女達の影が、王子様を追いかけて下手に入る。
 騎士様が道化師の背を見つめる。
 道化師が上手側に顔を向ける。
 暗転。



STAGE 3

 騎士様は人との関わりを好まなかった。
 この世界には自分の居場所がないと、常に退屈していた。
 授業中は一番後ろの席で堂々と寝ているか、長い脚を机に投げ出して学内持込禁止の雑誌を堂々と読みふけっていた。誰も注意できる人はいなかった。
 怖がられる存在ではあったけれども、騎士様は王子様と同様、少女達の憧れだった。誰にも従わない毅然とした姿に、少女達は惹かれた。
 ある意味で、彼は王子様だった。
 でも、王子様は一人でいい。お姫様が一人だけしか必要ないように。
 王子様は自分と似たところのある騎士様を、一応は友達だと認識していた。
 騎士様は、あからさまな態度は取らないものの、王子様を嫌っているように見えた。
 同属嫌悪だった。

 お姫様がいなくなった教室では、秩序が崩壊していた。
 お姫様が主役だった世界が中心のバランスを欠いて、それが普通の状態として固定されるには、もう少し時間が必要だった。
 騎士様と道化師の付き合いが始まったのは、まだ混乱している教室の外でのことだった。
 何が原因で二人が付き合うようになったのか、噂はいろいろ飛んだ。
 騎士様にとっては興味本位の付き合いだった。道化師は少女達から一身に憎しみを受けていたせいで、いろいろな意味で関心の的になっていた。
 ただ、二人の付き合いは学外でなければならなかった。騎士様には隣のクラスに恋人がいた。
 騎士様の恋人の存在は、もちろん道化師も承知の上だった。だから二人の関係は、誰にも知られてはいけなかった。

 でも、騎士様の恋人はすべてを知っていた。誰が彼女に教えたのかはわからない。
 その後、騎士様がどう弁解したのかもわからない。
 でも、いつの間にか騎士様と道化師の関係は終わっていた。
 騎士様は恋人とも、自然と疎遠になっていた。
 少女達は口々に道化師を非難した。厚かましい泥棒猫のせいだ、と。
「一応は痛いよ。すごく痛い。でも、苦しみ方を忘れてしまった」
 だからこれ以上は痛くなれないのだと、道化師は笑っていた。
「魔女だからね」
、と。



BEFORE the STAGE 3

 客席の椅子の一つに、砂の城が作られている。

子供の声: お姫様なんて、いなければいいのに。
母親の声: 王子様が困るわ。お姫様を見つけるのが王子様の仕事だもの。
子供の声: じゃあ、王子様もいなければいいのに。
母親の声: 皆が困るわ。誰もお姫様になれなくなるもの。
子供の声: お姫様も王子様もいなければ、魔女も悪いことはしないよ。

 暗転。すぐに照明。
 砂の城が潰されていて、砂がさらさらと床に落ちていく。

母親の声: 魔女はきっと他の誰かに悪いことをするわ。
子供の声: じゃあ、皆で魔女になっちゃえば?

 暗転。
 風で劇場に砂が撒き散らされる。

母親の声: だめよ。皆、魔女になるのが怖いの。嫌われるのが怖いの。
子供の声: 大丈夫だよ。

 スクリーンに照明。制服姿の影絵達に次々と魔女のフードがかけられる。

子供の声: 皆で魔女になれば、怖くないよ。



INTERMISSION 3

たくさんの少女達の声: (ささやくように)魔女だ、魔女だ(繰り返し)

 中央照明。
 道化師が背を向けて立っている。

たくさんの少女達の声: (声を強めて)魔女だ、魔女だ(繰り返し)

 道化師が正面を向く。仮面をつけている。
 たくさんの少女達の影が、道化師の周りを回り始める。

たくさんの少女達の声: 魔女がお姫様を殺した。
                魔女が王子様を苦しめた。
                魔女が騎士様を不幸にした。


 道化師が一歩前に出る。

道化師: お姫様を追いつめたのは誰?
      王子様にまとわりついたのは誰?
      騎士様の恋人に告げ口したのは誰?


 たくさんの少女達の影が動きを止める。

道化師: 誰?

 たくさんの少女達の影が激しく揺れ動く。

少女Aの声: あんた、屋上でお姫様に何か言ってたでしょ。
少女Bの声: 聞いたわよ、あんたが王子様に告ったって。相手にされるわけないじゃない。
少女Cの声: 私、見たんだからね。あんたが騎士様の恋人に耳打ちしてるの。
少女Aの声: ちょっと、私のせいだって言いたいの?
少女Bの声: 何よ、あんただって同じことしたくせに。
少女Cの声: 人のこと言う前に、自分のやったことを考えたら?

 道化師が肩をすくめる。

道化師: 誰でもいいけど。誰がやっても同じだから。

 下手奥に照明。
 もう一人のお姫様が立っている。
 たくさんの少女達の影がもう一人のお姫様の周りに集まる。

たくさんの少女達の声: (弱々しく)魔女だ。

道化師: 私のこと? それとも、自分のこと?

 たくさんの少女達の影ともう一人のお姫様がうなだれる。

道化師: あんた達もお姫様にはなれない。絶対にね。

 もう一人のお姫様が泣き崩れる。
 たくさんの少女達の影が下手に逃げて行く。
 暗転。



STAGE 4

 もう一人のお姫様はかつてお姫様を憎んでいた。
 お姫様がいなくなってからは、道化師を憎んでいた。
 道化師はひどく憎まれていることを知っていた。
 それでも、もう一人のお姫様に関わり続けた。まるで、憎め憎め、と言っているようだった。
 お姫様はもういない。王子様もいない。
 もう一人のお姫様が戦う理由は消えた。超えようとしていたすべてが消滅した。
 もう一人のお姫様は三重に拒まれた。お姫様に、王子様に、そして自分自身の歪みに。
 お姫様に敗れ、王子様の愛も得られずに、もう一人のお姫様は舞台を去った。
 もう一人のお姫様であることを辞めて、たくさんの少女達の輪の中に入って行った。
「惨めでも何でもないよ。ただ、いるべき場所に戻っただけ」
 些細なことに黄色い声を上げてはしゃぐ少女達を眺めながら、道化師がつぶやいた。



INTERMISSION 3

 舞台中央に照明。
 巨大な白百合の花束。

少女Dの声: 何これ? せまいテラスにこんなもの置いたの、誰よ?
少女Eの声: あれじゃないの。この前、屋上から飛び降りた人がいたとか。
少女Fの声: ああ、いたいた。で、あれって死んだの?
少女Gの声: 三階から二階に跳んだんじゃ、死なないんじゃない?
少女Hの声: 勘違いした人が供えたんじゃないの?
少女Tの声: むしろ死んで欲しかった、っていうメッセージだったりして。
少女Jの声: その発言はやばいって。聞こえたらどうすんのよ。
少女Kの声: 大丈夫だって。どうせ誰も気にしないって。
少女Lの声: そうかもね。あのクラスの雰囲気、すごく変わったし。
少女Mの声: ふーん、そうなんだ。ま、なんでもいいや。
少女Nの声: 私には関係ないし。

 舞台暗転。
 (間を置いて)舞台中央前方にスポットライト。
 仮面を付けた道化師が舞台の縁に座っている。
 客席に照明。
 少年が座っている。
 道化師が右手で仮面をつかむ。



EPILOGUE

 道化師の仮面が外された。
 仮面の下から現れた顔は、お姫様の顔だった。
 もう誰の為にも微笑まないお姫様は、魔女になった。
「もうお芝居は終わり」
 魔女が投げ捨てた仮面が落ちて、白百合の花束に刺さった。

「見てみなよ」
 魔女は夕陽に照らされた校門を指差した。
 王子様が出て行くのが見えた。
 まとわりついた少女達に、適当に相槌を打っているようだった。
「今までなら、無視しただろうにね」

 魔女は、今度は体育館の陰を指す。
 騎士様が少女の告白を受けていた。
 初めて見られる光景だった。
「近づき難かった人が、最近は身近に感じられるんじゃないかな」

 最後に魔女が指したのは、昇降口から出てきたもう一人のお姫様だった。
 友達に囲まれて、騒ぎながら帰路に着こうとしている。
「本当は特別でも何でもない。特別だと思い込んでいただけ」

 そう言って、魔女は自虐的に笑った。
「お姫様なんて、最初からどこにもいなかったんだよ」
 お姫様を主人公にした御伽噺は、完全に崩壊した。
 この世界の崩壊を望んだ人はたくさんいたけれど、破壊したのはお姫様自身だった。
「幻の私はもういない」
 魔女は屋上から地面へと向かう階段を下って来る。ゆっくりと舞台を去って行く。
「私はね、これまで人形のように微笑み続けていた。笑わなくなった私には、何の価値も残されていないから」
 時折顔を上げて、残酷なまでに青い空を仰ぐ。
「私は嘘だらけだった。そんな自分が嫌だったのに、やめられなくて、疲れ果てていた」
 空は高い。残酷なまでに高い。
「奇跡が欲しかった。何を犠牲にしてでも」
 空は広い。残酷なまでに広い。
「私を捨てたら、私は魔女になった」
 空は遠い。残酷なまでに遠い。

 コンクリートの地面にたどり着いた魔女は、まだ真っ直ぐに歩き続けた。散った儚い桜を踏みにじって、ひたすら前に進み続ける。
 突然、強い風が起こった。去り行く魔女を引き止めるように、桜が彼女の背中に叩きつけられる。
 夕陽で赤く染まった花びらが張り付いて、魔女に血が飛び散っているように見えた。

たくさんの少女達の声:こんな結末を、一体誰が望んだのでしょうか?
               こんな結末を、一体誰が望んだのでしょうか?
               こんな結末を、一体誰が望んだのでしょうか?


「私だよ。私が望んだ」
 血の色に染まりながら、魔女はこの世界から消えて行く。
「これからは誰にも邪魔されはしない。これからは誰にも拒まれはしない」
 すべてを捨てた代償は、何も持たない孤独な手。
 それでも魔女が得たのは、奪われることの無い永久の自由。お姫様が手に入れられなかった、本当の自由。
 風は桜の刃となって、必死に魔女を追いかける。
 それを遮るように血の花が舞い上がった。彼岸花。真っ赤な真っ赤な、血色の花。

 お姫様は消えた。魔女になった。
 魔女は消えた。この残酷な世界から。

 夕陽が照らす世界で、彼岸花が無残な姿を晒しながら舞い踊る。
 それが、魔女の門出を祝う宴だった。



BEFORE the STAGE 4

 スクリーンに夕陽の画像。
 客席に少年が座っている。膝にノートパソコン。
 辺り一面に彼岸花が散らばっている。

少年:(キーボードを叩きながら)こうして、お姫様も王子様も魔女もいなくなりました。
    めでたし、めでたし。

 足元のプリンターから紙が排出される。『砂の城砦』と書いてある。
 舞台袖に女性(母親)がくたびれた制服(名札付)を持って立っている。名札『たくさんの少女達』の文字が薄くなって、次第に消える。
 スクリーンの夕陽が沈む。暗転。

                                  砂の城砦/終わり
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