月神セレネ(Selene)


私がギリシャ神話にはまったきっかけは、武内直子氏の漫画「美少女戦士セーラームーン」でした。
私の世代では結構多いのですよ、これで神話や天体や宝石にハマっちゃった人は。
(敵さんの名前に宝石や鉱物が多いのは、武内氏のご実家が宝石屋さんだからなんですって。
 私も好きですよ、サフィール様とフィッシュ・アイ♪)
その主人公・月野うさぎ=セーラームーン=プリンセス・セレニティの語源は全部月関係。
セレニティというのはギリシャ神話の月の女神セレネが由来です。
ちなみに、猫ちゃん達(ルナ、アルテミス、ダイアナ)もまた月の女神の名前ですが、
セレネ(ギリシャ神話)=ルナ(ローマ神話)で、アルテミス(ギリシャ神話)=ダイアナ(ローマ神話)
ごっちゃになりやすいので要注意です。
こうして天体雑学の世界に迷い込んだ私は惑星をはじめ衛星、星座等々の名称を憶えまくり、
ギリシャ神話にのめり込み、その家系図を空で書けるほどにまでなってしまいました。
(日本古代史とヨーロッパ王朝の幾つかも書けますよ!)
ここまで行くと、単にハマってるんじゃなくて、危ないマニアのような気がしますよ。
で、こうして語るスペースも作ったことなので、最初は元凶セレネ神から語ろうかな、と思います。

さて、まずはセレネさんのご出自から説明しましょう。
名前がいっぱい出てきますが、下の家系図と見比べながらお読み下さい。

   
カオス
    |
   
ガイアウラノス(ガイアの息子でもある)
  ___|___________
  |        |     |    |
ヒュペリオンテイア    クロノス=レア
  ___|_____       |______
 |      |    |       |        |
ヘリオス  エオス  セレネ   ゼウス  ヘスティア・デルメル・ヘラ・ハデス・ポセイドン
                      |
                   
エンデュミオン

一番最初、世界には何もありませんでした。
あえて言えば、
混沌(カオス Chaos)がぐーるぐーると渦巻いていました。
そのカオスから、
ガイア(Gaia)という女神が誕生しました。
彼女の属性は大地。つまり、
地母神ですね。別の言い方をすれば、「すべての母」。
存在意義としては、日本神話の太陽神アマテラスオオミカミ(天照大神)と似ています。
このガイアさんが、まず単独で
天空神ウラノスを産みました。
(地球の初期生命体の出産方法は「単細胞分裂」だったという事実にピッタリ合致!)
そして、なんとガイアさん、息子のウラノスと交わって、たくさんの子どもを作りました。
ギリシャ神話の近親相姦の始発点はここにアリ、です。
で、ウラノス×ガイアの子ども達の内、
ヒュペリオン(兄)とテイア(妹)が交わって生まれたのが、
今回ご紹介する
月の女神セレネ、他二人です。
セレネはヒュペリオン×テイアの第二子で、兄は
太陽神ヘリオス、妹は曙神エオスです。

一日の始まりは曙の女神エオスのお仕事です。
エオスが東の空から天へと馬車で駆け上がり、次にヘリオスが太陽を掲げて馬車を走らせる。
太陽が沈むと、夜は月の女神セレネの番です。
月の光りで闇夜を照らし、朝が近付くと妹エオスにバトンタッチします。
そんな生活を続けていたセレネですが、彼女の管轄は夜。つまり暇です。
だって人間は日が沈むと寝てしまうし、神々や精霊だって顔を出しません。
毎晩セレネが置かれた立場は、大変孤独なものでした。
しかし
彼女が月の女神である以上、逃れることのできない孤独は宿命でもありました。


今夜も独りぼっちで夜闇を駆けるセレネの目に、下界の様子が映りました。
おや、いつもは誰もいない山頂に一人の
青年が眠っています。
彼の名は
エンデュミオン(Endymion)。人間ですが、父または祖父が全神ゼウスです。(家系図では父子)
エンデュミオンの美しさは、孤独なセレネの心をズッキューンと打ち抜きました。

こうして恋に落ちてしまったセレネさんが何をしたかと言いますと、とんでもない人、いえ神様です
なんと
エンデュミオンを永遠の眠りに就かせてしまったのです。
「永遠の眠り」と言いましても、殺したわけじゃございません。
文字通り、「永遠に眠っている状態に」してしまったわけです。
何故か? それはエンデュミオンは人間だからです。
人間とはいつかは老い衰えて、死んでしまうもの。
エンデュミオンのその美しさも、いつかは消えてしまう儚いものなのです。
「そんなの嫌、私が許さないわ!」と
セレネさん、エンデュミオンを自分(神)と同じ不老不死にしたいと願いました。
人間が不老不死になるためには、お星さま(星座)として天に上げられたり、
オリンポス(神様の溜まり場)に召されたり、等々の方法がございますが、
お星さまになっちゃったら、月よりはるかに遠い天上へと去ってしまうことになります。
オリンポスは昼間しか開いていないので、セレネさんには意味がありません。
そこで不老不死としながらも、自分の目の届く範囲に置き続けるために、
セレネはエンデュミオンを永遠に眠らせてしまったのであります。
そして夜になると、セレネは月の光となって、天より降りて来ては愛しいエンデュミオンの元を訪れ、
夢の中で交わった二人の間には50人の娘が生まれたらしいです。


さて、世界中にあまたの伝説があるわけでして、その一つ一つを検証したわけではありませんが、
神話を含めた伝説と言うものは、何もないところからは決して生まれません。
ただの作り話ではないのです。
何らかの事実が基になって、その外枠だけが物語に作りかえられているケースが多いと考えられます。
このセレネとエンデュミオンの物語は、一体どのような事実が基になったのでしょうか。

まず、エンデュミオンの方から考えてみましょう。
彼については、ある地域の統治者説や羊飼いの少年説など、身分ははっきりしていません。
しかし、
どんな人間でも誰もいない山に独りで登ったら、行方不明になる可能性は十分にあります。
崖から落ちたとか、野獣に襲われたなどの事故はもちろんのこと、
領主ならば恨みを買っていたとか、政争とか、はたまた身代金目的とか(?)。
美少年あるいは美青年ならば、性的目的や人身売買目的で誘拐された可能性は高いです。
当時のギリシャは古代奴隷制社会で、人の売り買いが横行していましたから。
方法はわかりませんが、おそらくは
行方不明になった青年or少年は実在していて、
その家族を慰めるために、周囲の人が、「
あなたの息子は女神に愛されて幸せに眠っているのです」と
物語を作り上げたのではないでしょうか。

一方セレネの側から考えると、ちょっと生々しい背景が見えて来ます。
彼女の罪は略取誘拐、拉致監禁、性的行為の強要、考え方によっては殺人未遂も加。(永遠の眠りだしね)
しかし当然のことながら、セレネが罰せられることはありません。
何故か? 彼女は罰せられない立場にあるからです。神様ですから。
しかし、実際には神なんていう非現実的なモノは存在しません。
実在する「罰せられない人々」と言えば、当時の貴族ということになります。
貴族達にとっては、気に入った人間を連れ去って私物化するのは日常茶飯事だったと考えられます。
ちなみに、エンデュミオンは(青年説を取れば)既婚者です。子どももいます。
セレネは妻子ある男を誘拐して、拉致監禁したわけですね。
まあ主神ゼウスの悪行を見てみれば、人妻だろうが、王妃だろうが、少女だろうが、少年だろうが、
節操なくやりたい放題ですので、セレネばかりを責めるのは筋違いなのですが、
それでも「相手は永遠に眠り続ける=一方的な愛」に満足していた彼女は、異常だと思います。

ギリシャ神話に限らず、神話とは華やかでファンタジックなものです。
物語を書き残して来たのは、知識人と呼ばれる富裕者ではありますが、
その
物語を読み替えると庶民の悲哀や恨み辛みが見えて来るのが、実に面白いところだと思います。
特にギリシャ神話はその傾向が非常に強いです。
神々の性格は実に人間的で、誰かを風刺しているのでは?と思うことがたびたびあります。
古代日本神話もそういう要素が多少あると思います。

セーラームーンでは、地場衛=タキシード仮面=プリンス・エンデュミオンです。
この話では月のお姫様(セレニティ)と地球の王子様(エンデュミオン)は互いに愛し合い、
それが原因で世界が滅び、現世に人間として転生して結ばれるという結末になっています。
しかし元ネタの神話の方では、セレネが「神」という特権階級に身をおいたままで、
圧倒的に優位な力関係を利用した「恋」であったという、なんとも不可思議なお話なのであります。

(月神セレネ 終わり) 2007.8.31

参考:魔女ノ安息地>創作部屋>小説>虚空の風>月と太陽のめぐり(BL系につき、ご注意下さい)

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