月と太陽のめぐり

1 御伽噺


 古代神話で女神の聖域と伝えられた月。
 降り立ったその地は残酷な世界だった。思い描いたよりも、生活はずっと過酷だった。
 母なる青き星に守られてしか、自分達は生きられない。そう気づいた時には既に遅かった。
 身体はボロボロになり、心も蝕まれた。体力は奪われ、すべてが気だるく無気力になり、そして……声が聞こえた。

   来テ、私ノ元ヘ。

 水晶のように澄んだ囁きが、身も心も疲弊した民に呼びかけた。
 導かれるままに歩んで行くと、そこは「晴れの海」。銀の光を纏った女神が立っていた。
 促されるままに進み出て、女神の前でひざまずき、頭を垂れる。

   永遠ノ忠誠ヲ、私ニ誓ウノ。

 民の唇から、自然に誓いの言葉が紡がれる。

   私ガ、アナタ達ヲ守ル。ダカラ、私ト共ニ生キテ。

 女神が差し出した手は冷たかった。けれど、自分達を見捨てた地球の民とは違って、温かな優しさを感じた。
 しばらくの後、若い夫婦の間に一人の子が生まれた。それは月で生まれた子供としては初めての正常乳児だった。
 月の女神の加護だと囁かれ、彼らは月神の名「セレーネ」を名乗るようになった。晴れの海に神殿を建てて、女神をまつった。

 その乳児の子孫に異変の兆候が現れたのは、数代の後のことだった。
 一人の少女が思春期にさしかかった頃、髪はプラチナの光を帯び、瞳もまた太陽を映したかのように黄金色に輝いた。

   私ハ、セレネ。
   エンデュミオン、私ト共ニ生キテ。

 その手は一人の少年に伸ばされた。

   アナタハ私ノ、エンデュミオン。私ガ見初メタ者。
   私ト共ニ生キテ。
   永遠ニ。

 少年は少女に忠誠を誓った。すべての関係を捨てて、少女と共に晴れの海のセレネ神殿に向かった。
 やがて少女は子を産み、その子を育てるために神殿から出て来た。しかし、少年の姿を見た者はいないと伝えられている。
 時を経て、何度もセレネは現れた。セレネに取り憑かれた月の民に従い、多くの少年少女がその姿を神殿の奥に消した。

 今は誰もいない月。滅びた女神の聖域。
 エンデュミオン達の骸だけが静かに横たわる。


   私ヲ、忘レナイデ……
Copyright (c) 2008 Yuuhi All rights reserved.