始まりは何度でもある

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  2 at Pisces  

 黄道十二宮ゾディアクス・アムニスに沿って円陣を描くように存在する、12の都市国家。その連合体を黄道十二宮ゾディアクス国家連合・ポリティアスと呼び、所属する各都市国家は黄道ゾディアクス都市・ポリティアと記される。
 十二宮流の起点である宝瓶都市アクアリウスでは清らかな水が湧き出し、国土自体が豊かな流れに取り巻かれている。
 その流れは十二宮流となり、北回りに磨羯都市カプリコルヌス、人馬都市サギタリウス、天蠍都市スコルピウス、天秤都市リブラ、処女都市ヴィルゴ、獅子都市レオを経て、巨蟹都市カンケルの広大な砂浜へとゆっくり流れ着く。
 南回りは流れが激しく、双魚都市ピスケス、白羊都市アリエス、金牛都市タウルス、双児都市ゲミニの四都市を通って、北回りと同じくカンケルに行き着き、豊かな流れはそこから遥かな海へと注いでいく。

 黄道都市各国には、他の国には無い特殊な役職が存在する。
 それは騎士と呼ばれる役職である。
 各国が守護神に戴く神霊の名の下に、自国の民から騎士を選出するシステムであり、それゆえに騎士はそれぞれの守護神の名と合わせて、○○卿と呼ばれる。例えばカプリコルヌスの騎士ならば、その守護神である牧神パーンの名を戴いて、パン卿と呼称される。
 騎士の立場は国によって異なる。ある国では騎士が政府のトップであり、ある国では騎士が裁判を司る。ある国では巫女であり、ある国では軍を率いて戦う将軍である。
 守護神の特性上から二人の騎士を選ぶ双児都市ゲミニを除いて、他は一国につき一人。だから黄道十二宮国家連合には、通常は計13人の騎士が存在することになる。
 しかし失政や薨去による交代はよくあることで、毎年のようにどこかの騎士が交代してきた。

 今年も、交代を告げる鐘が鳴った。
 12の鐘。それは十二宮流の起点となるアクアリウスから南回りに数えて12番目の国、すなわち磨羯都市カプリコルヌスのパン卿交代を宣告していた。



 双魚都市ピスケス。
 愛の女神アフロディーテと恋の神エーロスを守護神に持ち、この国の騎士はアフロディテ=エロス卿と称する。
 現職のアフロディテ=エロス卿は名前をほんといい、零れ落ちるブロンドヘアと物憂げな灰色の瞳を持つ白皙の美青年だった。巻き上げた髪から見える左耳には、そこだけはわざと優雅な雰囲気を崩して、大量の金属ピアスが無骨な輝きを放っている。
 彼の周囲では、これもまた美しい少年達が甲斐甲斐しく主の世話を焼いていた。優雅な羽根扇子で風を送り、大きな杯にはぶどう酒を注ぎ足す。
 しかし、いつもなら常に労いの言葉をかけ、時には親愛のキスを送る翻が、今日は目線で礼を言うばかりで完全に上の空だった。いつも優美な笑みを浮かべている顔に、険しい影が落ちている。
 ついに耐えかねて、少年の一人がひざまずいた。
「翻様、何かお心に悩みを抱えておいでなのですね。どうかこの僕にその胸の苦しみを分け与えて下さい」
 先を越されたと言わんばかりに、他の少年達も次々に膝を折った。
「翻様がつらそうな顔をなさっていると、僕もつらいのです」
「何もできないこの身。でも翻様を心配する気持ちだけは、誰にも負けません」
「どうかお話し下さい。少しでも翻様のお役に立ちたいのです」
 口々に言い募る少年達の様子に、翻は自分の態度が平素とかけ離れていたことをようやく悟った。
 ブロンドをゆったりとかき上げて、ふんわりと微笑んで見せる。
「ああ、ごめんよ。可愛い君達にまで心配をかけてしまったね。なに、大したことじゃない。どうか気にしないでおくれ」
 官能的で、聞く者をうっとりさせる声。しかし、四六時中彼に仕えている少年達は、主の表面上の言い訳には騙されなかった。
「そんな。翻様のお心を苦しめるなんて、僕には耐えられないことです」
「そうです。その美しいお顔を曇らせるものは、断じて許されない。いえ、僭越ながら僕が許しません」
 少年達は翻の手を取り、足に触れ、潤んだ瞳で主を見上げるばかり。
 参った、と翻は内心で舌打ちした。
 悩みがあるのは事実だが、それはこの少年達に愚痴を言えるような内容ではないのだ。翻自身のことではないし、この国のことですらないのだから。
 どうしたものか、と思案していると、ぼわっと桃色の光が辺りを包んだ。ナイスタイミングだ。
「おや、私に客人かな」
 立ち上がった翻に、少年の一人がさっとガウンを着せ掛ける。
「ありがとう、モネ。いつも気が利くね。そうだ、飲み物を用意しておくれ。いらしたのはフリクソス卿だから」
「はい、果実水を用意いたします」
「ありがとう、ニース。頼むよ」
 少年達の薔薇色の頬にキスを落とすと、翻は部屋を後にした。
 双魚都市の名に相応しく、ピスケスは国全体が十二宮流の流れの底に存在する。大きな泡に包まれて水底に沈む、他にはあまり無い不可思議な都市であった。
 翻が歩いている回廊は曇りのない水晶で作られていて、天井には十二宮流の豊かな流れを見ることができる。
 透き通った美しい流れ。しかし、それは恐怖の流れでもあった。
 流れは隣国の宝瓶都市アクアリウスから湧き出でている。その水は清らかそのものだが、アクアリウスを出て十二宮流として流れ出すと、突如として水質は豹変する。すべての物質を溶かしてしまう、全能の溶媒となるのである。もし人が指で触れれば、触れた部分が溶けてしまう。物を投げ入れれば、跡形も無く消えてしまう。
 ゆえに他の国との行き来は自然と制限されてきた。十二宮流に溶けないように守護神霊の加護を受けた船でなければ、隣国との間にすら交通手段はないのだ。
 その加護を与えるかどうか、その裁定をするのは各国の騎士であった。あるいは、騎士は特別に橋を渡して、隣国だけでなく他の黄道都市との間に道を作ることもできる。しかし、その橋の架け渡しは多用されることなく、緊急事態にのみ行われていた。
 水底に沈むピスケスは他国以上に国交手段が不自由ではあるのだが、実際にはあまり問題にはなっておらず、むしろ、その閉鎖性が好まれている節があった。ピスケスに生まれた者は、ほとんど国外に出ることはない。他国から輸出入の潜水船がやって来ても、興味を持つ者は少なく、自分達が積極的に外へ出て行く意志は見られなかった。
 だから、この事態にも興味がない。いかに同盟国であろうと、他国の騎士の交代なんて、自分達には関係のない“外国”の出来事に過ぎないのだ。
 しかし、騎士である翻はそんなことも言っていられない。それに、とても他人事とは思えなかった。いつ何時、自分が同じ立場に置かれるかわからない。
 磨羯都市カプリコルヌス。ピスケスの北西に位置するアクアリウス、そのまた隣国にある、緑豊かな湿地帯が続く都市である。
 騎士は守護神パーンの名からパン卿と称し、現パン卿はえんという。その治世は今年で二十三年目。翻はまだ十四年目だから、先輩格に当たる。二十年を越えて騎士を務める者はそう多くは無い。現職の騎士でも、縁より長期に渡って務めるのは四都市の騎士だけだった。
 その縁に下された、騎士交代を告げる鐘の音。先ほど鳴り響いた12の鐘は黄道都市の12番目、カプリコルヌスを示していた。
 信じたくないと思う反面、翻はいずれはこうなることを予期していた。
 今のカプリコルヌスの経済状態は最悪だった。
 縁がずっと取り組んできた自然保護政策は、二十年以上の歳月を経て、確かに功を奏しているらしい。先代パン卿までの時代に奨励されてきた急激な観光開発、それによって貴重な湿地は次々に破壊された。それを少しずつ蘇らせ、絶滅の危機にあった数多くの動植物がその生態系を取り戻し始めている。
 だが、観光はカプリコルヌスが外貨を獲得できる唯一の産業だった。それを大幅に、しかも厳しく規制したことで、民の仕事は激減したと聞く。
 それでも自然を愛するお国柄のせいなのか、民は縁の政策を受け入れた。元々が質素な暮らしを常とする国だ。何とか持ちこたえてきた。しかし、悪化を辿る経済情勢とそれに反応せざるを得ない日々の暮らし。二十年以上も続いた辛抱に、ついに我慢の限界が来てしまったのだ。
 縁がやってきたことは正しい、と翻は思う。カプリコルヌスの美しい自然を守るために、縁は二十三年も前に選出されたのだから。
 だが、正しいだけでは駄目なのだ。民がついて行けなくなった時、いかにその信念が高潔なものであろうとも、騎士の役目は終わる。
 回廊を渡り終えて、翻は水晶の門をくぐった。アフロディーテとその息子エーロスを祀る神殿の最奥、ここにはやはり水晶で築かれた丸い池があった。
 現アフロディテ=エロス卿、つまり翻しか入ってはならない部屋に、既に客人が姿を現しかけていた。
 水面の中心に、ぽわっと灯る淡い桃色の光。やがて、それは人の形になる。
 現れたのは小柄な少女だった。その顔はまだ幼い。ピスケスの南隣、白羊都市アリエスのフリクソス卿である。名をかくという。
 彼女は翻の姿を認めるや否や、濡れることなく水面を駆けて、池から飛び出して来た。
「12回鳴ったわ」
 郭の声は強張っていた。
 無理もなかった。彼女は去年就任したばかりの在位二年目。現在のところ、最も若い騎士である。
「鳴ったわよね、12回。12回だったわよね?」
「ええ、そうね」
 翻が頷くと、郭は落ち着き無く赤い癖っ毛を引っ張り、それでも足りなくて池の周りを歩き回り始めた。
「信じたくないわ。だって、縁はもう二十年以上もパン卿を務めたのに」
「郭、落ち着いて」
 予想に違わず動揺しまくっている郭を見ていると、翻は逆に自分が落ち着いていくのを感じた。
「我々が慌てても仕方ないの。ほら、おいで。何か飲みながら話すとしよう」
「お酒なら要らないわよ」
 すかさず念を押した郭に、翻は肩を竦めて見せた。
「わかってるって。お子ちゃまなんだから」
 水晶の門を出てすぐの客室に、大きな真珠貝のテーブルとソファ。そこには既に用意が整っていた。
 二人の騎士が席に着くと、少年達がすかさず給仕に就いた。翻の杯にはぶどう酒を、郭の杯にはいちご水を注ぐ。
「ありがとう、ナール、キシス。また用があったら呼ばせておくれ」
「はい、ごゆっくりお過ごし下さいませ」
 少年達は一礼して、部屋を出て行った。
 いちご水を一口飲んで、郭はほっと息をついた。と思ったら、次の瞬間には翻に向かって身を乗り出していた。
「ねえ、翻ってさあ、あの子達全員の名前憶えてるわけ?」
「それは勿論。この私に毎日心から尽くしてくれているのだからね」
「でもさあ、あの子達、一体何人いるの? あたしがわかるだけでも四十人はいるわよ」
「さあて。神殿には常時百人はいるし、多い時は三百人は下らないね」
 お手上げ、と郭は白目を剥いて見せた。
「ピスケスって暇なのね。カプリコルヌスが大変なこの時にも」
 翻は怒りもせず、空になった杯を自分で満たした。
「私に八つ当たりをしても、神託は変わらないの」
 郭に、と言うより自分に言い聞かせるようにして、翻は言葉を選びながら続けた。
「パン卿を変える。それが牧神パーンの意志であり、カプリコルヌスの民が選んだことなのだから、外国人の我々が口を挟む余地は無いの。我々にできるのは、同盟国の騎士として、パーン神が選んだ候補の中から次の騎士を決めてあげることだけ」
「それはそうだけど」
 郭はまだ納得がいかなかった。
「何で今更? 縁とはたった一年の付き合いだけど、彼がかーなーり強引な政策をやってきたことぐらい、あたしにだってわかるわよ。でも、彼のそのやり方を支持してパン卿に選んだのも、カプリコルヌスの人達でしょ? それも二十三年も前に」
 翻は飲み干そうとしていた杯を、テーブルに戻した。
 二十三年だ。騎士はその職にある限り、就任時の若さを保つ。縁は十七歳でパン卿に選ばれて、それからずっとその姿のまま、カプリコルヌスの政務に当たって来た。
 しかし、それも今年で終わる。騎士でなくなった時、縁に用意されている肉体は十七歳ではない。実年齢の四十歳。彼は十代の終わりから三十歳代にかけてという、人として最も成長できるはずだった年月をすべて、国に捧げたのだ。
 翻はやり切れない気持ちになった。他人事ではないのだ。二十一歳で就任した彼もまた、今日にでも罷免されれば、一気に三十歳代半ばに突入することになる。
「確かに、今更ね。縁が払った犠牲を考えると、どうしてもっと早く修正しようとしなかったのか、パン卿交代を望まなかったのかと、私も悔しく思う。縁のやっていることは、昔も今も変わらないのに」
 でも、と続ける。
「だからこそ、もう続けられないという民の悲鳴なのね。あの国の民だって、自然を愛しているのだもの。耐えて耐えて耐え続けて、もう限界というところまで来てしまった。実際、失業率は半端な数じゃないと聞くから」
 それを聞いて、郭は本当に辛そうに顔を歪めた。
「うん。それについてはね、あたしもすっごく問題だと思ってる。だって、最近カプリコルヌスから送られてくる孤児の数、半端じゃないもの」
 郭が騎士を務めるアリエスは、十二宮流の上空に浮かぶ雲の城塞だった。そこに住むことができるのは成人年齢を迎える二十五歳未満の孤児だけである。
 黄道十二宮国家連合の各都市では、面倒を看てくれる人が居ない子供を孤児と認定し、アリエスに養育を任せることが義務付けられている。孤児のまま各都市に放置しておくことは、治安の悪化を招きかねず、時には敵国に買収されて国家の安寧を損ねる可能性もある。
 それゆえに、アリエスの共同体で過ごし、連合構成員の一員としての教育を受けさせるシステムが採用された。彼らが成人した暁には、基本的には自分の出身国に戻るが、黄道十二宮国家連合内であれば、希望する都市に戸籍を作ることも可能である。
 孤児になる理由は様々で、その数がゼロになることはない。しかし、今のカプリコルヌスの事態は異常であった。
「その子たちが孤児になった理由は?」
「親との死別がほとんどだけど、目に付くのが一家離散ね。ここ数年、はっきりと増加してるわ」
「離散か……失業と無関係ではないだろうね」
「うん。信じられないでしょう? あの、いかにも牧歌的で、何とかなるさーって感じのカプリコルヌスでこんなことになるなんて、完全に異常事態よ。どうして縁はあんな政策を続けたのかしら? 自然も大事だけど、それで自国の民をこんな状態に追いやったら元も子もないじゃない!」
 郭は憤慨が収まらず、バンッバンッとソファの肘掛けを叩いた。
「ちょっと、このソファは真珠貝でできてるの。割らないで頂戴」
「ご、ごめん。でも、酷すぎるわよ。騎士になってすぐ、縁にも文句言ったんだけど、あの人全然聞く耳持たないんだもん」
「まあ、縁は頑固だから」
 翻の言い方は誇張ではなく、縁は本当にかたくなな青年だった。騎士になってすぐに、「俺が騎士である間は、カプリコルヌスの自然を壊す行為は一切させん。貴様ら、覚悟しておけ」と、物騒な明言を内外に放ったらしい。そして、人々の生活が壊れ、我慢の限界に達していることに気付いていながらも、その意志を決して曲げようとはしなかった。
「でも、本当は彼もわかってたのだけどね。自分のしていることが正しくないことくらい」
「嘘、わかってないわよ。だってあたし、新入りの癖に俺のやり方にケチをつけるとは常套だな、って思いっきり見下ろされて、逃げ帰る羽目になったのよ」
「おやまあ」
 あまりに郭の物まねが上手かったので、翻は思わず噴出してしまった。
「似てる?」
「ええ、とっても。でも、それは強がっていただけ。彼、随分焦ってきていたから。永遠に騎士でいられる保障なんてないし、次の騎士には自分がやってきたことを否定されるかもしれない。民が疲弊してきたここ数年は尚更ね。だから、余計に頑固にもなったのだろうし」
 そこで、翻は郭を見やった。
「そうやって焦っているところを、騎士になったばかりの誰かさんに責め立てられて、ついカッとなったっていうところかしらね」
「何よー、それって完全に八つ当たりじゃないのよ」
 郭は思いっきり膨れて見せた。
 負けず嫌いでひたすら正義感の強い少女。人の心の痛みなんか想像できない。大人になる過程で少しずつ捨てなければならない真っ直ぐさをずっと持ち続けろ、と十五歳で任命された騎士。
 真っ直ぐに自分の意志を貫こうとした縁に引導を渡すことになったのが、彼と同様に真っ直ぐすぎる郭だったのは、何かの定めなのだろうか。
「これが神々の意志か」
「翻、どうしたの? 暗い顔して」
 訝しむ郭に、翻は慌てて笑顔を取り繕った。
「さあ、我々にできるのは次のパン卿を決めること。精一杯やろうじゃないの。郭は初めてでしょう、騎士の選定に参加するのは」
「当たり前でしょ。去年はあたしが選考される立場だったんだから」
 郭は再び膨れっ面になった。
「あんなに不安でドキドキするもの、二度とやりたくないわ!」
「そんな心配はしなくていいの。二度目はないから」
「あ、そっか。そうよね」
 苦笑いをして、郭はいたずらっ子のように舌を出して見せた。
「さて、そろそろお暇するわ。あ、ジュースもご馳走様」
「いつでもどうぞ。基本的に、私は神殿にいるから」
「何それ。やっぱり暇なんじゃないの」
 呆れて言い放つと、郭はパタパタと部屋を出て行った。
 それを見送ることなく、翻はため息を吐いた。
 郭にやったことは間違っているわけではない。彼女はアリエスの騎士として、当然の抗議をしたまでだ。
 だが、郭の純粋で真っ直ぐな心は、きっと縁を余計に焦らせた。
 高まる民の不満に耳を傾け、自分の理想と折り合いを付けなければならないかもしれない。彼がその現実に打ちのめされ、焦りを強めたのは、先代のフリクソス卿が解任された時なのだろう、と翻は思っている。
 先のフリクソス卿と縁は非常に仲が良かった。その相手がいなくなり、替わって騎士となった郭に生意気な指摘をされてしまった。純真に国のことを思っていられる郭の姿に、縁は余計に焦燥感に駆られて、徹底的に追い詰められたことは間違いない。
 神の意志。そうとしか思いたくない。偶然の巡り合わせにしては悲しすぎる。
「翻様、あの」
 ハッと顔を上げると、郭と入れ違いに入って来た少年達が入り口の所で足を止めてしまっていた。再び険しくなっていた主の顔に戸惑っているのだろう。
 翻は何でもないと言うように首を振って、テーブルの上を指した。
「これを下げておくれ。それから、私は少し出かけるけれど、議会との会食までには戻るよ」
「は、はい、心得ました。どうぞお気をつけて」
 心配そうな少年達にふんわりと微笑みかけて、翻は再び水鏡の間へと向かった。
 郭が帰ったばかりでまだ水面は揺れているが、翻は躊躇することなく足を踏み入れた。やはり濡れることも無く、中心へと足を運ぶ。次第に静まり返る水面。
 動揺しているのは郭だけではない。翻だって同じだ。他の騎士も、任期が浅い者ほど困惑していることだろう。
 誰に相談しに行こうか。少し迷って、翻は行き先を決めた。
りょう、邪魔するよ」
 すぐに水鏡から紫の光が浮かび上がった。それは翻の身体を包み、水中に沈めていく。
 行き先は最西国。ピスケスからは遠く離れた処女都市ヴィルゴ。
 訪ね先は陵。ヴィルゴの騎士、ペルセポネ卿にして、現在において黄道十二宮国家連合の騎士の最長老を務める少年。
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