始まりは何度でもある

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  10 at Gemini  

 遠い沖合いに黒い煙が上がった。
「始まったねえ」
 ぼんやりとした声に、軍服の青年が直立不動で答えた。
「はいっ、タウルス沖にて我が軍の第37小隊が侵略者オリオンの軍勢との交戦を開始したもようです」
 青年は興奮しているのを隠せず、声が上ずっている。
 だが、次に続いた女の声はまたしてもぼんやりとしていて、緊迫感の欠片も無かった。
「そっかあ。勝てるかなあ」
「はいっ、敵はタウルス流域に侵入を試みた小部隊の残党であります。敵船は小型のものが二隻、その内の一隻は船尾に大破が見られます。我が軍の船は高速型が六隻が出動しており、我が軍の圧倒的勝利が予想されます」
「じゃあ、大丈夫だねえ」
 ゆっくりした口調のまま、女が書き物机の前から立ち上がった。顔はニコニコと笑みを浮かべ、足取りもゆったり。のんびりと青年の前まで歩いて来ると、突然その頬を引っ叩いた。
「馬鹿だねえ」
 笑みは崩れない。口調も変わらない。言葉だけが侮蔑的に続けられる。
「それだけ船を出して勝てるのってさあ、当たり前だよねえ。いつも言ってるのに、最小限で最大限の勝利を持って来いって」
「は、はい、申し訳ございません……タウルスの領域に入るまで敵船の状況がわからなかったため、念のために」
 再び女の手が上がり、青年の逆の頬を打った。近距離からの容赦無い仕打ちに、頑丈に鍛えられた身体が吹っ飛んだ。
「アハ。馬鹿だなあ、もう。一昨日エウロペ卿からの情報はあげたのに。その時点で敵はたったの四隻、そして敵の援軍の情報もなかった。何一つ活かせてないよねえ」
 青年の顔から血の気が引いていく。
「そ、それは情報の真偽がわからず、確実な勝利のために必要な数を揃えようと」
「ふーん。それじゃ、エウロペ卿の情報の裏付けはとったのかなあ?」
「いえ……その、それにつきましては時間がなく、念には念を入れて」
 必死に言い訳をする青年に、緑色を帯びた髪を緩く結い上げて、ニコニコ顔を浮かべ、派手な肩章が付いた詰襟軍服がまったく似合っていない女は――この双児都市ゲミニを統べる二人の騎士の片割れは、笑顔のままではっきりと宣告した。
「いいよ、もう。無能な副官なんて要ーらない」
 青年は目を見開き、慌てて膝を付いた。必死に頭を床にこすり付ける。
「申し訳ございません! さい様、どうかお許し下さい」
「カストル卿、失礼いたします」
 別の女の声が響いた。やはり軍服姿であったが、淡い緑色のそれはゲミニの巫子の正装である。
「はあい?」
 采と呼ばれた女の注意が、青年副官から巫子へと反れた。
 叩頭したままだった青年は悔しそうに顔を上げ、その手は腰の短剣へと伸びようとしていた。
 だが、それを采は、そして入室して来た巫子も見逃すはずが無かった。一瞥するだけで青年の愚かな行為を止めさせる。青年はなす術も無くフラフラと立ち上がり、力なく部屋を出て行った。
 采はそれには一向に構わず、巫子に笑顔を向けた。
「で?」
「はいっ、エウロペ卿がお待ちです」
「あ、ごめーん、忘れてたよお。ここに来てもらって」
 采は悪びれなく笑って、再び執務机に着いた。
 双児都市ゲミニ。黄道十二宮ゾディアクス国家連合・ポリティアスの十二国の内、唯一二人の騎士を有する国である。双子の戦士を守護神に戴くこの国では、騎士の片方をポルクス卿、もう片方をカストル卿と称する。この采はカストル卿を拝命していた。
 軍事都市であるゲミニにおいて、騎士は最高司令官の地位を兼ねていた。ゲミニのすべての国民は老若男女を問わず兵士であり、特に十三歳以上二十四歳以下の青年期の間に軍人としての厳しい訓練を受け、実戦に赴くことが義務付けられている。
 実戦の現場には事欠かない。何故ならゲミニは傭兵稼業で成り立っている国であり、そして現在の各国の防衛策はゲミニの商売にとっては大方有り難いものだった。
 黄道十二宮国家連合の各国はほとんどがゲミニのお得意様である。特に東隣の金牛都市タウルスは、肥沃な土壌を持つ農業国であるがゆえに周辺諸国から襲撃を受けやすい。また、右隣の巨蟹都市カンケルも豊富な海産資源などを狙われる。采が就任した頃のカンケルには立派な国防軍が組織されていて、ゲミニの傭兵部隊など必要とされていなかったが、先代と現在のヘラ卿は自国の軍を大幅に減らし、ゲミニへの報酬を支払うことで平和を維持してきた。貿易国である処女都市ヴィルゴをはじめ、他の黄道都市も大抵がゲミニの兵を雇い国防などに当てているのが現状である。法治国家の天秤都市リブラや観光を主産業とする磨羯都市カプリコルヌスは一見戦争とは無関係に見えるが、十二宮流の外側の防衛を固めているのは実はゲミニの兵である。また、双魚都市ピスケスは十二宮流に沈む国であるがゆえに、そして白羊都市アリエスは空中に浮かぶ天然の要塞であるがゆえに直接攻撃される心配はほぼ無いが、周辺の十二宮流を封鎖されるようなことにでもなればお手上げである。この二国の周辺にも抜かりなくゲミニによる防御が固められている。
 アリエスに関して言えば、よほど良心の欠けた指導者が敵国に現れない限り、孤児を育むアリエスを攻撃することは躊躇われる行為のようで、この国が戦場になったことは歴史的にほとんど無かった。ほとんど無いと言われているからには、つまり過去に危機が皆無だったわけではないらしく、明確な史実に残らない時代に危機があったとされ、それゆえにアリエスは鉄壁の雲の壁に隠れるようになったと伝説では言われている。その真偽はともかく、アリエスの為にゲミニが出動を余儀なくされる事態になるのは黄道十二宮国家連合全体が危機に瀕している時であり、さすがにゲミニも連合を守るためにただ働きを強いられることになりかねない。ゲミニの騎士としては商売になる段階を見極めて、早めに手を打つ必要がある。そのためにも防衛は必須だった。
 そんなわけで現在の連合内でゲミニの傭兵を雇っていないのは、戦闘民族の国であり自国に勇者達を擁する獅子都市レオ、そして天蠍都市スコルピウスの二国だけであった。
 国土のほぼ全域が砂漠と岩山に覆われたスコルピウスもまた地形的に攻め難い国ではある。しかし、ピスケスやアリエスの比ではない。加えて、スコルピウスの岩山には貴重な天然資源や宝石の原石が眠る鉱山が多く、その多くが手付かずで放置されている。攻め入る理由としては充分すぎる条件を整えており、実際過去に攻め入られた事例は伝説、史実を含めて数多ある。わずか数十年前にも連合外の国に占領されかかったらしく、スコルピウスの為に軍を動かそうとしたというゲミニの公式記録も残っている。しかし軍編成の記述はあっても、実際に出兵をした形跡はなかった。不思議なことに、スコルピウスへの敵国の侵略は過去から現在に至るまで結果的にすべて失敗に終わっているらしかった。
 強運な国なのか、策謀ゆえなのか。いずれにしろ采は自分には関わりの無いことだと思っている。少なくとも現ガイア卿が失脚でもしない限り、スコルピウスはゲミニの商売にはならない相手だ。そして、采には現ガイア卿が自分より早くくたばるとは到底思えない。
 采の他国の騎士の命運を計る勘は割とよく当たる。采がカストル卿になったばかりの頃のこと。当時のカプリコルヌスの騎士に世話になって、彼に対して好感を持ったにも関わらず、この人との付き合いは長くないなと直感的に思ったのである。もちろん他国の騎士には話していない。ただ、相方のポルクス卿にだけ世間話のように漏らしたことがあるだけだった。だが実際、その二年後に彼はパン卿の座を追われた。代わってその座に就いたのが現パン卿のえんである。
 縁とはほぼ同期といった付き合いで、親しい間柄ではないにせよ、ある程度は頼り頼られる間柄である。その縁が居なくなる事態に采は一抹の寂しさを覚えていていた。同時に、彼にとってはもう潮時だろうとも思っていた。
 縁の真っ直ぐさは美徳だ。しかし同時に他人を傷つける凶器でもある。
「純粋なのはいいけどさ、すうちゃんくらい強かじゃないとね」
 采は机に置かれたチェス版を見つめた。やりかけのチェスゲーム。数日前に采の相方であるポルクス卿、数が一手を差した後、勝負の着かないまま彼女は戦場へ行った。それ以来、何の連絡も無い。
 便りがないのは元気な証拠。采は特に心配もせず、のんびり待つことにしている。
 ちなみに、先代のポルクス卿とカストル卿はどんなに離れていても、お互いが感じた気持ちを察知できたそうだ。それだけ心の結び付きが強かったのだろう。
 そういう絆の深さは、采とその相方には無い。お互いに全面的に協力はするし、困ったことがあれば相談し合う。愚痴だって言い合えるから、わざわざ他国の騎士に言いに行くこともない。
 でも、所詮二人は他人だ。本当は双子どころか、兄弟姉妹でも何でもない赤の他人。
 だけど、ちゃんとわかり合える。騎士として一緒に生きることを、騎士である間は運命を共にすることを選んだから。
「数ちゃーん、ゲーム進まないよお。早く帰っておいでよー」
 部屋の入り口に人の気配を感じながら、ここにはいない相方に向かって唇を突き出す。
「数はカンケルですか?」
 のっそりと入って来たのは、隣国タウルスの騎士エウロペ卿だった。牛みたいに大きな身体、いかにも草食系の優しい青の瞳。名をはんという。農業国を統べるのに相応しい風貌の見かけ通りの優しい性格を持つ騎士だが、その性根は頑固で激しいことを、采は知っている。
 彼の任期はまだ八年目だが、長老陣に対してでも時にやんわりと、時に強情に反対意見を繰り出して説得しようとする。最長老たるペルセポネ卿にも一目置かれている存在だし、他国の騎士の前に姿を現すことさえ希なガイア卿やガニュメディス卿でさえ、畔の意見には一応耳を傾ける。
 そんなわけで現エウロペ卿と友好的な関係を保てるのは、ゲミニにとっても利点が大きかった。
「いらっしゃい、畔。待たせてごめんね〜。そうなんだよお。なんか、ヘルクレスの馬鹿共が特別しつっこいみたいでさあ、数ちゃんがなかなか帰って来ないんだよねえ。超迷惑」
「そうでしたか。うちの方面に派遣してもらった兵は十分みたいなんで、何なら少し回してはどうですか?」
「アハ、畔でもそう思うんだ。ダメダメだなあ、あいつ。副官完全失格」
 畔は不思議そうな顔をしたが、采は何でもないと首を振った。
「じゃ、そうさせてもらうねえ。支払いは本当に必要だった分だけでいいから」
「はい、後で請求して下さいよ」
 そう言いながら、畔は采が勧めた椅子に腰掛けて、下げていた小さな籠をトンと置いた。
「わあ、さくらんぼ! くれるの?」
「沿岸部を完璧に守ってくれた礼ですよ。ちょうど収穫の時期だったので助かりました」
「えー、そんなのうちのビジネスなんだからいいのに。でも、まあ遠慮なく」
 采は籠に鼻を近づけて、胸いっぱいに香りを嗅いだ。
「ふへー、いい香り。ちょうど食べ頃だねえ。数ちゃん、好きなのにねえ」
 完熟なだけに残念である。采もさくらんぼは好きなのだが、それよりも相方の数の大好物なのである。だが、カンケル周辺での戦況は芳しくないと聞いている。数が帰還できる日はまだ随分先になるだろう。
 采の心中を察したのか、畔は大らかに笑った。
「数が戻ったら、うちに取りに来て下さいよ。あと半月くらいはさくらんぼの季節ですから、旨いのが食べられますよ」
「ほんと? やったあ! やい、数ちゃん、早く帰って来ーい」
 采が遥か遠くにいる相方に向かってエールを送っていると、畔が顔を曇らせた。
「あっち方面は長引きそうですね。新しいパン卿選びに影響が出なきゃいいんですが」
「うん、そうだねえ。ピスケスからは船はやめて、水鏡を使う羽目になったんだよね」
 采も考え込む顔で腕組みして見せた。
 磨羯都市カプリコルヌスの新たな騎士を選ぶ旅は、本来は第二の面接地であるピスケスから船で行くはずだった。十二宮流をアリエス、タウルス、そしてゲミニの流域の順に下っていく長旅だ。
 カプリコルヌスはどことも戦争はしていないし、敵国と言える国もない。次期パン卿候補を乗せた船が襲撃される可能性はほとんどなかったが、通る流域には折りしも火種が勃発中で、よりによって行き先は敵国ヘルクレスと交戦中のカンケル。戦闘の渦中に飛び込んでいくようなものである。
「水鏡を使うことに関して、長老方の許可は取れたのですか?」
「うーん、許可とかは要らないと思うけど、一応はほんからりょうにお伺いを立てたみたい。あとの長老二人はどうせ無回答だもん。言うだけ無駄無駄」
 采は第三長老であるガニュメディス卿に次いて、長期に渡ってカストル卿を務めている。だから、長老方との付き合いもそれなりに長い。それだけに第二長老のガイア卿と第三長老のガニュメディス卿に向かって、采の言い草は容赦なかった。
「まあ、移動は水鏡で何とかなったけどさ、じんが面接の時間をとれるかどうかが心配だよねえ」
「仁にとっては初めての面接ですね。このごたごた続きじゃ大変でしょう。こういう場合って、選考役を変更できるんじゃなかったですかね」
 畔には選定役交替の経験がある。四年前の新ヘラ卿選びの際に選定役に指名されたのだが、自国タウルスの政情が不安定だったことや、折りしも穀物の収穫時期だったことも重なって、多忙を理由に選定役を免除してもらった。替わりを引き受けたのは隣国アリエスの前フリクソス卿である。
「うーん、まあ可能は可能なんだけど、交替は基本的に隣国の騎士がやるんだよね。レオは戦争真っ只中だから意味ないし。かと言って、あたし達と仁とは就任年数が違いすぎてヨロシクないんだよね」
「はあ、割と面倒臭い制約があるんですね」
「まあ、時と場合によるけどねえ。多分、きんあたりは選考役になりたかったはずだから、快く替わってくれそうだけど」
 采は肩を竦めた。
「敢えて謹が今回の選考役から外れたのは、なんか理由はわかる気がするんだよね」
 その思わせぶりな言い方に、畔は苦笑した。
「まあ、そうですね。次のパン卿が縁と同じような政策を進めるようでは、選ぶ意味がなさそうだ」
 縁の厳しさを批判するわけではないが、カプリコルヌスの経済的な疲弊は遠く離れたゲミニやタウルスにも聞こえている。謹の性格からして、縁と同様の施策を考える人材を再選してしまう可能性が高い。ある意味、彼女が選考役にならなかったのは当然だった。
 采はさくらんぼを摘まみ上げ、いただきますと言ってから口に放り込んだ。むぐむぐと口を動かしながら、器用に小首を傾げる。
「どんな人がいいんだろうねえ、次のパン卿は。とりあえず縁のやったことを否定しておけば、自国からは非難されないから、滑り出しは楽チンなんだけどねえ」
 采はほん一瞬だけ笑みを消して、宙をぼんやり見つめた。
「でもさ、その後だよね。縁は二十三年もパン卿だった。縁を否定できるだけの功績を、すぐに作れるわけないよ。壊れちゃうよ、きっと」
 またニコニコしながら、采は畔に言った。
「壊れちゃうよね、次の人。強くないと」
「強くないと……強くないと、ですか」
 畔は幾重にも頷いて見せた。
「そうだよ、強くないとダメ。弱いとね、近いところで言えば前のケイロン卿の二の舞になっちゃうから」
「前のケイロン卿の二の舞、ですか?」
 畔が瞬きを繰り返したのを見て、采は合点がいったと言うように自分の両頬を軽く叩いた。
「あ、そっか。畔は知らないだよね、けいがケイロン卿になった時の事」
「そうですね。俺より敬の方が二年先輩ですから」
「ごめーん、そう見えないから忘れてた。畔ってさあ、最初から初々しさが無いって言うか、前から居るみたいな顔してるんだもん。あははー」
「素直に外見が老けてる、と言っていいですよ。今更、傷付きやしませんて」
 失礼なことを言う采に、本当に気にしている様子も無く笑い飛ばすと、畔は立ち上がった。
「あれ、もう帰っちゃうの? 収穫期のエウロペ卿は大変だねえ」
 牛のように優しい目が茶目っ気たっぷりに細められる。
「種蒔き、植え付け、その後は水の管理が大変ですし、収穫したら農閑期の土の管理があります。うちはいつだってやることは満載ですよ。何なら一日エウロペ卿体験なんていかがです?」
「うげー、遠慮するー。美味しいさくらんぼ、食べるだけの人がいいですー」
 心底嫌そうな顔をした采に笑いかけて、畔は開けっ放しの扉から執務室を出て行った。
 彼と入れ替わりに外で待機していた先刻とは別の副官が、
「失礼いたします」
と、大きな声で入室を求めたが、采はさくらんぼの篭をいじるばかりで振り向きもしない。
「……失礼いたしました。後ほど参ります」
 そして、彼は丁寧に扉を閉めた。彼は既に五年も、采とその相方の副官を務めている。きっと扉の外には『執務中。勝手に入ったら極刑』と采が手書きで作った物騒な札を掛けてくれたことだろう。
 彼の気配が去ってから、采は大きくため息を吐いた。
「ってことはさあ、あれから十年か。早いよねえ。その間に何人交代したのかなあ。縁を入れて5人? まったくもう。事情があるのか疲れたのか堪えしょうがないのか知らないけどさ、結構迷惑なんだけどなあ」
 誰にも聞かせるわけでもなく、采は不機嫌モード全開で愚痴を吐き続ける。
 5人。この十年で交替した騎士の数である。ケイロン卿が敬に、エウロペ卿が畔に、ヘラ卿は仁に、フリクソス卿は郭に、そして今またパン卿が変わろうとしている。
 騎士の交代は主に各国の問題であり、同盟国の騎士がとやかく言うべき問題ではない。しかし、たった13人しかいない騎士。人が交代すれば国同士の関係以上に、人間関係が変わる。良くなることもあれば、悪くなることもある。
 騎士になると家族や友人・知人、学校や職場など、それまで所属していた一切の組織から一度抜けることになる。最初の数年はともかく、自分だけ歳をとることなく、以前の人間関係が希薄になっていくと、自分と同じ境遇にある他国の騎士との繋がりを自然を求めるようになるのだ。その絆が断ち切られることは、かなり大きなストレスに成り得る。
 采の相方である数は、その類の気持ちをもう感じなくなっているらしい。ポルクス卿を拝命して二十六年。変化にいちいち付き合いきれない、というのが彼女の持論だった。
 同時にカストル卿を拝命した采がいまだに変化を恐れるのは、二人の性格的な違いである。
 采の気だるい態度が恐怖を誤魔化すカムフラージュであることは、相方の数は勿論、付き合い長い騎士達は気がついている。縁もその一人だ。彼は采の気持ちを察し、恐らくは自分の気持ちと重ねて理解し、何も気にしない様子でクールな付き合いをしてくれる。
 そんな貴重な存在である縁がいなくなる。これは彼女にとって大きな損失だった。
 采は椅子の上で膝を抱えた。
「寂しいな」
 無意識に呟く。采は今更にように、縁が去ってしまうことの痛手に気がついた。
 額を膝に付けて、唇をギュッと噛み締める。 副官を待たせているのはわかっていたが、暫くは仕事になりそうになかった。
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