月と太陽のめぐり

5 新生月神降臨

 太古の昔、混沌より地母神ガイアが生まれた。ガイアは単独で天空神ウラノスを産み、また彼と交わって多くの子供を産んだ。その子供達の内、クロノスとレアは交わり、ゼウスら六神が生まれた。また、コイオスとポイベが交わり、レトが生まれた。ゼウスとレトは交わり、太陽神アポロンと月神アルテミスが生まれた。
 アルテミスは処女神でもあった。恋はすべて悲恋に終わった。
 双子の兄、アポロンだけが彼女と共にあり続けた。アルテミスにとって、アポロンの存在だけが永遠だった
 月と太陽の如く、いつまでも……



 寝台に横たわったエフゲニーは血色が悪く、息も過呼吸ぎみだった。
 リオエルドはエフゲニーの体を少し起こして、その唇にゆっくりと水を含ませた。
「落ち着いたか?」
「大……丈夫だ。ありがとう」
 まだ視線は虚ろながら、エフゲニーは懸命に微笑んで見せた。
……哀れなセレネ。
 また何かが聞こえる。
 誰かが頭の中で喋っている。自分の意識が薄れていく。
……エンデュミオンを手放し、この先をどう生きるつもりか。愚かなことよ。我には理解できぬ。そう思うであろう、アポロン?
「アポロン……」
「どうした?」
 リオエルドの声が近いのに遠く聞こえる。
「リオ、アポロンって何だっけ?」
「何って、神話の太陽神アポロンのことか? 全能神の息子の一人で、妹が月の女神……セレネじゃないな、確か――」
「アルテミス?」
「ああ、それだ」
 アルテミスはギリシア神話に登場する神の名前。セレネより後に誕生した月の女神であり、同時に狩猟の神でもある。処女を失った侍女を醜い獣の姿に変えるなど、冷酷な性格の持ち主であった。
「それがどうした?」
「いや、何でもない」
……我には理解できぬ。その身を滅ぼしてまで、誰を守る必要がある? 神たる者、犠牲を生むは当然のこと。何故それができぬのか。セレネに月神を名乗る資格はない。
 幻聴は続く。声が大きくなっていく。
 怖い。
 体がカタカタと震え出す。
 大きな掌が優しく背を撫でた。
「まだミカが怖いのだろう。無理はしない方がいい」
「……――怖い?」
 意外そうに眉がひそめられる。
 瞳の色が変わった。紫の水晶にギラリと好戦的な光が宿っていた。
 エフゲニーの表情の変化に気づかず、リオエルドは続ける。
「ミカと言うより、お前はセレネに対して恐怖を感じているんだ。ポジティブ・シンキングで何とかなるものじゃないぞ」
「恐怖?……セレネに、われが恐怖を?」
「……エフゲニー?」
「くっ……くっくっくっ……あはははは、何を血迷ったことを」
 青白い唇から放たれた破壊的な哄笑を、リオエルドは信じられない思いで聞いた。視覚と聴覚、どちらかが嘘をついていることを願った。
 口を開いたのはエフゲニーで、声も彼のもの。だがその口調は明らかに彼ではない。聞く者を酷く不快にさせる嘲笑。
「笑止! 哀れで惨めなあの女を、何故なにゆえに我が心に留めねばならぬのだ? 恋に狂ったあの女に月神を名乗る資格はない」
「エフ……お前、何者だ」
 直感的に気づく。これはエフゲニーではない。
 エフゲニーは緩慢な仕草で起き上がり、一度閉じた瞼を殊更にゆっくり開いた。
 禍々まがまがしく美しい瞳。菫色に太陽の光をまとったそれは、アメジストを散りばめた純金の指輪を思い出させた。
 舞うように腕を広げて、リオエルドの肩に回す。そのまま首筋に顔を埋めるのを、リオエルドは振り払おうとした。
 だが、できない。体が金縛りにあったかのように言うことを聴かない。
「……なに、し……」
 何をした、と怒鳴ろうとしたのに、声にならない。
「我が名を知らぬか?」
 ねっとりと官能的な、それでいて嫌な微笑。息だけの薄笑いは嘲りに近い。瞳が好戦的に瞬く。傲慢で冷徹で、身勝手で独りよがりで、でも美しくて。
「知らぬか……いいだろう、その胸に我が名をかと刻むが良い」
 体が引き倒され、気がついた時には寝台に仰向けになり、傲慢な光を湛えた瞳に見下ろされている。
「我は新生月神。月神アルテミス」
「……アルテミス……」
 長い指がリオエルドの頬を撫ぜる。
「そなたは我の物になり得るか?」
 何を言っているのか、リオエルドにはまったく理解できなかった。
「そなた、我と共にあり続けるか?」
 時折、その目がリオエルドの顔間近に寄せられる。でも、それだけだった。決して口付けようとはしない。
「そなたは我のアポロンなのか?」
 冷え冷えとした、しかし不自然なくらい熱っぽい瞳に、全身を愛撫されているような錯覚に陥る。
「アポロン……愛しき我が兄」
 リオエルドは気づいた。アルテミスは狩猟神であり、処女神だ。獲物を愛でることはしても、関係を持とうとはしない。ならば、この状況を脱するためには――
 体重をかけられて、腰に鈍痛が走る。
 痛みがリオエルドの頭を覚醒させた。奥歯を喰いしばって、掌には爪を立てて、体の感覚を目覚めさせる。
 耳元でギリッと嫌な音がしたのに顔をしかめて、エフゲニーは身を起こそうとした。
「アルテミス、気づいているか?」
 紫の目が怪訝そうに睨む。
「お前は……お前の体は処女じゃない」
 嘘である。エフゲニーは同性と寝た経験はないと言っていたし、自分ともキス止まりだ。それでも、アルテミスを動揺させるためにはこれしかない。
 狙い通り、エフゲニーの表情が酷く歪む。
「何を……嘘だ、そんなはずはないっ……我の……我の体は決して穢れぬっ。穢れているはずがないっ――……」
 悲鳴が青白い唇からほとばしる。隙だらけになった体を、リオエルドは渾身の力を振り絞って掴み、位置を逆転させた。
「何をするっ、無礼者!」
 暴れる細身を押さえつけ、叫ぶ唇を塞ぐ。噛みつこうと殺気立つ歯を指でこじ開け、舌を無理やり絡める。
 声を出すこともできず、エフゲニーは暴れた。拳で殴っても、全体重をかけた拘束は解けない。官服に爪を立てて、丈夫な布地が破れて血が滲むまで傷をつけて、それでも逃れられなくて……
 金色の光が弱くなっていく。力を失っていく。
 リオエルドは口腔の蹂躙を更に深めた。
 何が何でもアルテミスを追い出してやる。エフゲニーを渡すわけにはいかない。
 腕に立てた爪が勢いを失くしていく。もう少し、もう少し……
「……ぐぁっ――」
 リオエルドは空色の眼を見開いた。
「許せぬ」
 喉を絞めるのは、血の付いた長い指。血走ったアメジストがギラギラと乱反射していた。
 殺される。
 諦めるわけにはいかない。でも、もう力が……
「くくっ、我に逆ら……う――リオ……エルド……逃げて――っ!」
 首に絡みついた指が力を失い、耳元で誰かが叫んだ。反射的に手を振り払って、寝台から転がり落ちる。
「エ、エフゲニー……?」
「違うっ。我は、我の名はアル……リオ、逃げ……我の体だっ……違う、僕の……邪魔をするなっ――」
 まだ自我意識が残っている。自らの体に爪を立て、エフゲニーはアルテミス相手に必死に抵抗している。
「……エフゲニー、許せ」
 リオエルドは左手の拳を固め、鳩尾みぞおちに向かって繰り出す。
 エフゲニーは咄嗟に身構えた。
 と、首に感じる衝撃。ガクッと頭が重くなり、身体は寝台に叩きつけられる。何度か起き上がろうとして痙攣を起こし、切れ切れの悲鳴を残しながら、ぐったりと身を投げ出した。
 右手を手刀の形にしたまま、リオエルドは荒い息を吐いた。額から落ちた汗が染みを作っていく。
「リオ、無事かっ! ――って、あれ?」
「……ブラッド、遅い」
 鍵をかけていなかった扉が唐突に開く。ブラッドの姿が現れて、リオエルドは脱力感を覚えた。
 リオエルドの姿を確認して、寝台にもつれて倒れる二人を見て、またリオエルドの顔を見て、ブラッドは泣きそうな顔で怒鳴った。
「おっ、遅いって何さ! リオが嘘吐つかなきゃ、俺だって、もっと早く到着してたさっ」
 ブラッドはミカの指示通り、エフゲニーの所へ真っ直ぐ乗り込んだつもりだった。ところが、エフゲニーの個室を叩いても反応ゼロ。これは不味いと、レーザー銃で扉を焼き切った。時間をかけてようやく蹴破ったのに、二人の姿は影も形もない。
「嘘なんか……自室と言っただろうが」
 リオエルドは確かに言った。「自室へ連れて行く」と。だが、それは「リオエルドの部屋」のことだった。
 エフゲニーの部屋は医務室から一番離れている。そこまで引きずって行くのは面倒くさくて、リオエルドは近くにある自分の個室へと連れて来たのである。
「アホっ、馬鹿者! 俺がどんな思いで焦ってたと思ってんのさ、この大嘘吐きっ」
 二人の無事を確認して緊張が途切れたのか、ブラッドの罵詈雑言はまだ続いた。
「すまん、ブラッド。後でどれだけでも聞くから……」
 さっき首を絞められたせいだろうか。息をするたびに、喉の奥でごほごぼと破裂するような音が聞こえる。
「エフゲニーを医務室に、運んでくれ。……拘束して、抵抗されるな……それから――」
 まだ何かを言おうしたが、唇が動かない。見える空間が歪んでいく。
「リオ! おいっ、しっかりしろ。リオエルドっ」
 ブラッドが叫ぶ声が聞こえていたが、大丈夫だと告げる力も残っていなかった。



新生月神アルテミス降臨アドヴェント……それがエフゲニーに起こった症状なのか?」
 医務室には重苦しい空気が立ち込めていた。
 隣の集中治療室には、つい先刻までミカが拘束されていた寝台に、意識の戻らないエフゲニーが眠っている。
「そもそもアルテミスって」
 神の名としてはセレネよりもアルテミスの方が有名である。しかし、隆弘にはわかりかねた。
「セレーネ族はセレネ神の加護を称えて、その部族名を名乗ってるんだろ? アルテミス神とは何の関係があるんだ?」
「元々は関係がなかった」
 ミカは瞼を閉ざしていた。瞳は心を雄弁に語る。冷静な艦長の姿を見せたいと願うミカの心を裏切り続ける。
「アルテミスの人格はセレネアドヴェントに対する反発の結果、生まれたんだ」
 古代月神降臨が起こる目的は生殖活動であった。セレネと化した者が、自分の子孫を誕生させるのに最も適したエンデュミオン、つまり生殖パートナーを見つけ、時には強制的に性関係を結ぶ。
 相手がアレス族のような他民族であっても同じだった。拉致監禁の上、子孫を成した。セレーネ族が「性欲狂い」と呼ばれる所以ゆえんである。
 もちろん、一人の力では無理である。絶滅を回避するために、一族が一体となって行った犯罪行為だった。
 当然、そんな一族の習慣に反発を持つ者も現れる。セレネに選ばれながら逸脱行為、つまり自由恋愛に走ろうとする者が現れた。
 隆弘は首を傾げた。
「ミカの場合は?」
 ミカは自分のエンデュミオンを解放している。古代月神降臨の目的から考えれば、逸脱行為の一種である。
「確かに僕の行動も、一種の自由恋愛に当たるのかな。だから、アルテミスが出て来た」
 若者達はセレネの自由恋愛を支援し、自分達も続こうとした。生殖のためには一族結婚か、同期植民者との結婚しかできない。そんな制限された恋愛は嫌だと叫んだ。何度抑圧されても、何度でも同じことが起こった。結果、細々と維持してきた人口は激減した。
 一部のセレーネ族はその状況を変えようと奮闘した。
 一族の血を絶やすわけにはいかない。先祖が「性欲狂い」の汚名を着てまで成し遂げた子孫繁栄が、すべて無駄になってしまう。
 真面目に子孫を増やすためなら、粛清も厭わなかった。自由恋愛に耽る同胞を奴隷市場に出品したのは、同族の者だったのである。
 しかし、厳格さは更なる精神異常を呼んだ。いつしかセレーネ族の中には、セレネ以外の人格が現れるようになった。それこそが残忍かつ冷酷、処女性を愛する狩猟の女神。
「アルテミス、か」
 リオエルドは唸って、集中治療室の方に視線を投げた。
 セレネがエンデュミオンを捕らえ、反セレネの勢力を粛清するために、アルテミスを生み出す。この構図がずっと続いてきた。
「そう、そこなんさ」
 ブラッドが語調を強めた。
「その歴史に従うと、エフゲニーはセレーネ族ってことになるさ」
 ミカは目を伏せたまま、静かに頷いた。
「そんな……間違いないのか?」
「太陽の瞳はセレーネ族だけの特徴だ。それも純血に近い者でなければ、持ち得ない。それに、シェスタコフ家ならばセレーネ族と性交する可能性は皆無じゃない」
 セレーネ族が頻繁に売買された以前からの名家であるシェスタコフ家ならば、月の民を性奴隷として所有した可能性は高い。そこに生まれた子が、後に当主として家を継いだということになる。
 ミカはようやく瞼を上げた。
「説明はこのくらいで。訊き足りないだろうけれど、今はやるべきことを優先したい」
 艦長の言葉に、三人も深く頷いた。
 今、この船はほとんど停止状態。予定通りに次の寄港地へ行くどころか、今後の任務を続けられるかどうかすらも怪しかった。何せメンバーの一人は意識がない状態だし、起きたところで正気とは限らない。
「まず、ライフシステムの復帰と正常化の続行。これはタカヒロに任せる」
 隆弘は神妙に頷いた。
「それから動力機関と船内の修復を。ブラッド、頼む」
「オーケー、任せてくれ」
「すぐに取りかかって」
 艦長の命を受けて、二人は医務室を出て行った。
 見送って、ミカはリオエルドに向き直る。
「リオエルド、エフゲニーは君に尋ねたと言ったな? 君がアポロンなのか、と」
「訊かれた。と言うか、勝手に押し付けられた。自分の物だとか何とか。意味がわからん」
 何度も何度も尋ねられた。真剣な目つきで、とても傲慢で孤独な声で。
「アルテミスはセレネと違って、処女神なんだ。彼女の恋が成就することは決してない」
 だから、とミカは息を小さく吐いた。
「兄のアポロンだけがアルテミスの永遠の存在だ。だから、アルテミスはプラトニックな愛を貫ける相方を捜している」
 瞳を伏せることなく、ミカはリオエルドの顔を見つめた。
「アルテミスは一瞬でも君を兄と認めた。二人の関係は性的なものであってはならない。だから君がエフゲニーにやったことは、正解だ。リオエルドがエフゲニーの傍にいてくれて良かった」
「良かった、と本人が思うかは微妙だな」
 何度も接吻を交わした仲ではあったけれど、あんなやり方は自分も嫌だったし、エフゲニーの自尊心をいたく傷つけただろう。
「そんなことを気にしている場合じゃない。アルテミスはセレネより性質たちが悪いから」
「――と言うと?」
「セレネに憑かれても、僕みたいな特殊な状況にない限りは、自我を失うことはない。でも、一度アルテミスに意識を乗っ取られたら、それでお終いだ。人格としてのエフゲニーは殺されるところだった」
 厳格な意志であるアルテミスは宿り主の意識すら破壊してしまう。体だけがゾンビのように利用され続けるのである。
「――良かった……」
 リオエルドはドッと冷や汗が吹き出すのを感じた。もう少しでエフゲニーを見殺しにするところだったのだ。
「それで、彼の治療なんだけれど」
 ミカは床を睨んだ。
「治療って……可能なのか? 具体的にはどうするんだ?」
 矢継ぎ早の質問に答えることなく、ミカは空色の瞳を見つめた。
「何も言わずに、協力を承諾して欲しい」
「俺にできることか?」
 ミカは静かに頷いた。膝で握られた拳が震えている。
 リオエルドは察した。
 アルテミスは処女神であり、純潔を喪失した者を忌み嫌う。あの時の処置が正しいのであれば、必要とされる方法は一つしか考えられない。
「わかった。何をすればいい?」
「……エフゲニーを、抱いて欲しい」
 リオエルドは立ち上がった。震える目で見上げるミカにできるだけ穏やかに告げる。
「わかった。やってみる」
「……どうして怒らないんだ?」
 黄金の瞳は閉じられることなく、涙をあふれさせている。
「君は巻き込まれただけなのに、どうして断らない? どうしてすべてを受け入れる?」
 ミカの声は苦しみに満ちていた。
 本当なら自分が抱いてでも、エフゲニーのアルテミス化を防ぐべきである。自分がセレネと化したことで、エフゲニーの新生月神降臨を引き起こしてしまったのだから。
 思いつめた顔で俯くミカの肩を、リオエルドは軽く叩いた。
「あまり深く考えるな。元々、俺達はそうなってもおかしくない雰囲気にあった。俺には怒る筋合いはない」
 それだけ告げて、リオエルドは静まりかえった医務室を奥へと進んだ。
 扉を開けて集中治療室。中央に、寝台に横たわったエフゲニーがいた。
 半開きになった瞼から紫の瞳が覗いている。こんな時でも生来の輝きを失うことなく、宝石のように光っていた。
 彼は戦っている。自分に潜む女神から自我を守るために。
「エフゲニー、負けるな」
 リオエルドは血の気ない頬に触れた。
「お前は、お前の家にとっても重要な人間なのだろう?」
 このまま帰らせるわけにはいかない。現当主である彼の父親をはじめ、家族を悲しませることになるだけだ。
 それに現在のシェスタコフ家にセレーネ族の血が流れていることは、絶対に知られてはない事項である。醜聞のめぐりは速い。エフゲニーを含め、その家族がいつ社会的地位を追われるかわからない。
 固く握られた拳を、リオエルドはそっと手の平で包み込んだ。
「エフゲニー、聞こえるか」
 わずかに呼吸が乱れる。
「俺がお前に触れることを許して欲しい。お前を助けたい」
 唇が震える。息だけの声が必死に何かを伝えようしている。
 拒否しているのだ。行為そのものへの嫌悪だけではないだろう。これ以上、リオエルドを巻き込むことを拒んでいる。
「俺は……エフゲニー、お前を失いたくない。だから、許して欲しい」
 いつの間にかリオエルドは泣いていた。
 何故エフゲニーがこんな目に遭わなければならないのか、それが悔しかった。人の上に立つのが当たり前で、それに見合った実力と自尊心。それがこんな風に壊される。
「アルテミス……お前には絶対渡さない」
 例えこの先、この命をかけることになったとしても。
 拳が解け、二つの手は互いに握り合う。
 リオエルドは血色の悪い肌にそっと唇を寄せた。花弁のように綻びた唇から、小さく吐息が漏れる。
 微熱を帯びたエフゲニーと、少し体温の低いリオエルド。熱を交換するように素肌を触れ合わせ、溶けそうな感覚が身体を焦がしていく。
 女神を倒すために、そしてエフゲニーを取り戻すために。
 握り合った手は離れることのないまま、「治療」が遂行されていった。
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