いにしへの奈良の都の八重桜

   今宵ばかりは 墨染めに咲け

プロローグ


 人類が地球を離れて惑星群ガイアを新たな母星とした時より、時代もまたAD暦からUE(Universal Era)暦へと移行した。
 人類の調和と平等を謳ってUE900年に設立された連邦は、全人類の六割を参加者とする、史上最大の機構である。しかし連邦に背く、あるいは協調はするがあくまで不参加である国家(地球時代を踏襲し、ある政治組織が統治する星やスペースコロニー群などを国家と呼ぶ)は数多い。
 それらを含めた国家を視察し、外交関係を築き、或いは保ち、時には戦闘調停に立ち、また高速航宙船の特性である亜高速時間を生かした研究を行うために、半年から三年の任期で派遣されるのが、巡洋船WINDシリーズである。



 UE990年に連邦航宙産業局内に設立されたWINDプロジェクトでは、実際に船に乗って任務を遂行する搭乗員五名程度が、各任務ごとに配属される。
 ある職員が航宙産業局長に突然呼び出されたのは、UE1412年の任務が始まる数年前のことだった。
「失礼いたします」
 敬礼と共に部屋へ入ると、局長が何も言わずに手招きした。それに従って、局長席に一番近い椅子に座るなり、
「サクヤ皇国が皇太子の返還を求めてきた」
と、手を顎の下で組み、なおかつ肘を机についた局長は苦々しげに語った。
「外務局からの命令で、サクヤ皇朝の後継者返還には次回のウインド・プロジェクトに当たってもらう。君の担当任務だ」
「わかりました。全力を尽くします」
 局長の言葉を、その職員は辞令だと受け取った。次に出航するWINDシリーズ第二船『SALAH』に搭乗を命じられたのだと、ただそれだけのことだと思った。
 職員の勘違いを諭すように、局長は眉を吊り上げる。
「今度の任務はいつもとは違う。場合によっては、血を見るかもしれない」
 職員は答えに詰まった。
 発足時はともかく、人畜無害とまで噂されているウインド・プロジェクトの任務が、なぜ血を見るような危険な任務なのか、まったく理解できなかった。
 黙っている職員に背を向けて、局長は窓辺に立った。惑星群ガイアの人工太陽が、赤く夕暮れを演出している。
「サクヤの件は君も聞いたことがあるだろう。かつて軍が介入に失敗している。それを取り返したい焦りのあまり、こんな無茶な計画を外務局に持ちかけたのだろう。あこぎな奴らだ」
 押し殺した怒りをぶつけるように吐き捨てて、肩越しに職員を振り返った。
「皇太子には何が何でも皇位に就いてもらわねばならん。しかし、君にはつらい思いをさせることになるやもしれん……」
 職員の首がいぶかしげに傾げられ、漆黒の髪が揺れる。
 外から差し込む人工灯が、血のように赤く二人を照らし出していた。
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